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☆宝塚観劇についてのメモ ☆その時、思った事をつらつらと...
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シークレット・ハンターの本筋の脚本についてはつべこべ言わない。
だってセンターが力でねじ伏せているからそれでいい。 それが宝塚だから。 そして音楽も個人の趣味で大きく聞こえ方が違うから何とも言いがたいけど.... 私個人の意見で言うと現在公演中の星組「シークレット・ハンター」は芝居の肝心の盛り上がりシーンの歌のメロがとことん私の気持ちいいツボを外して来たので純粋にあの歌を気持ち良さそうに歌ってみせている安蘭氏とあすかちゃんを尊敬するばかりです。 安蘭けいと遠野あすかは素晴らしい役者であり歌手である。 下記の日記で演出や舞台効果や映像物についての意見を花組と月組を例に出して書いた。 『私は消費者。劇場で見るものと家に帰って考える事の違い』(1)(2) でもね…そんな月組も星組よりマシ。 あ…これは私基準。 それでも私が月組を愛してるとか抜きにしてね。 私は基本的に芝居よりもショーの方が好きな人です。 でも今回はあえて芝居の話しをします。 私はどんなに素晴らしくても大劇場の芝居1本物とかリピート出来るか自信がない。 今回の星組の救いは本当にあの「ダバダバ〜」の雛壇を見に行って悪趣味さを笑う事というオマケがないと観に行けない。でも…それでも「ダバダバ〜」がなくても今回、私はアナ・マリアとイグナシオにハマっているから観に行ったかもと思う。 あのもどかしさがたまらない。 アナ・マリアとイグナシオが出て来るポイントは5回。 secret1『とある国の博物館』 secret9『サンド・ビーチ』 secret11『要塞上の朽ち果てた礼拝堂』 secret12『Finale Battle』 secret15『最高の宝物』 ほとんどの出だしは上手か下手かの袖際で演技をしている。 背景、舞台セット以前の問題です。 うしろ普通の壁だから…(涙) 黒塗り2人組が黒っぽい壁の前で芝居をしている。 これって変なお絵描きのような背景をバックにして芝居するのとどっちがマシだろう?余計な物が見えないぶん芝居に集中出来て逆にいいのかな? そのあとはイグナシオがマシンガンぶっ放して本舞台を暴れ回るパターン。 それでも諦めない私が期待して観ている場面がある。 secret15、上手。 あそこは絶対にフルではDVDに収まることはない。 収まったとしても私はまだあのsecret15上手で2人の納得出来る結末は観た事がないです。 唯一、納得出来たのは新公のアナ・マリアとイグナシオ(涙) うぉぉ〜、どうしてなの?? 私にみなみちゃんとカズ君で1回でいいからあの場面で「萌えた」と言わせてくれ。 神様お願い(笑) それだけこだわりのあるシーンです。 あそこは遊べる場所のはず。絶対アドリブ可なのに。 あ…舞台セットの話ししてないし…。 要するに今回の星組公演はDVDになっても私が見たいシーンは絶対にフルで入らない。 そして何より背景・舞台セット以前の問題だと言う事。 あんな立ち位置すらまともに設定出来ない舞台ってどうなんでしょう? センターの2人はいいの! どこに立っていても輝ける人達だから。 あのとんでもないブティックとかでニコニコお買い物できる人達だから。 私はもちろん安蘭氏は尊敬しているし、あすかちゃんもピュアな心で(嘘くさい?)好きだと思ってる。 でもね、今回の公演はDVD購入という面では厳しい。 だから地道にDVD代分も公演中に劇場に通ってアナ・マリア@みなみちゃんとイグナシオ@カズ君を観察し続ける。 頼むから「がんばれ!カズ君」 (1)では主に演出について書きました。
ところで私は月組が大好きです。 理由としては 1.舞台セットが関係ないから(笑) 月組で1番好きなきりやんは絶対にDVDになっても見切れる事がないポジションにいるから。ココで大切なのはセットではなく衣装。 ピンクの衣装の下に訳の分からないTシャツとか着せないでほしい…れびじゅーぶりあんとか本当に目眩がした。 2.ジャニ系なノリが意外と私にあってる。私は別に本物のジャ○ーズは好きじゃない。ノリね!ノリ!フェンシーダンスでは園加が入った事によって態勢が少し変わってしまったけれど月組の若手キメキメの銀橋渡りとか好き。 3.芝居とショーの2本立てなら芝居はダメでもショーは必ず何とか観れる物にしてくれるから。これは単純にセンターをとる役者達のビジュアルが5組中一番私の中でハズレがないから。 私は月組って本当に役者のビジュアルのみを観ている(苦笑) そして月組は本当にショーに助けられてる。 もちろん、素敵作品だったら他の所も観ますよ。 でも宝塚は8割は役者ありきの世界です。 どんなにヤバイ作品でも本当にそこに出ている役者が好きなら1回ぐらいは顔だけでも観に行こうと思う人は山のようにいるから。 私もその1人だと思うし、そう思って「パリの空よりも高く」という理解不能な作品も大人しく着席して観ていた。 そして劇場を出た後に相棒よしの氏にもらした言葉は結局「ショーだけならあと数回観たい」でした。もちろん「パリ〜」もきりやんのボサボサ頭に鼻から落ちそうなメガネ姿に愛しさが募っていたけど訳の分からない脚本とベタベタな背景や舞台セットにやられて話しにもついていけないし画面もヤバイはで心中が大変な事になっていた。どんなに脚本や演出があれ?でも役者がその中が足掻き1回は見せれるだけの何かを残そうとしている姿には拍手を送ったよ。 でも月組はショーでひとまず無駄に笑えるような(?)音楽と役者に似合った衣装と照明さえ頑張れば背景はある意味いらないから。 本当にショーで助けられてる。 あ…これ私基準ですから。 月組にとって 背景は群衆ですから!愉快な仲間達ですから! あのトップ3の後ろで越リュウとか泉ちゃんとかマギーとかまさおとかみりおとか…無駄に濃かったりプリティな顔が観れればそれで満足してる。 今は園加もアヒ君もいる。 それで満足。 残念なのは娘達、私は彩乃先輩LOVEだからね。 芝居ではあれ?だけど… 純粋に彩乃先輩のあの図太くて力強くでも澄んだ歌声が好き。 そしてあの等身大の女の子でいてくれる体型も好き(実際は舞台での見た目より細いと思うけど)。 だからショーの彩乃先輩がバリバリ歌い踊る背後で更に戦闘意欲バリバリで踊っていた、ゆら元組長と末子様のツーショットが観れないのが凄く寂しい。 でも、彩乃先輩LOVEだからいいの。 あいあいもネネちゃんも強そうだからいいの。 今回は舞台セットについて あとDVD映像について まぁ、私はクオリティの高い物には賞賛を送るし… そうでない物については本来は出来る限りスルーすることにしている。 でも、無意識に「毒を吐く」こともある。 私の性格は普段はいたって穏便な方だと自負してます。 月組は役者のビジュアルが私を劇場に足を運ばせる最大の武器。 そしてDVDになってもトップ3はそれぞれ場面を持っていてそこは必ず専用アングル(安全牌)が収まっている。 きりやんは純粋に好きだし、瀬奈J様は大変愉快(?)に眺めてる、そしてユウヒ氏もお得感溢れるビジュアルクオリティで楽しませてくれる。 ある意味、この3人のビジュアルがダメだったらついていけない組… それってどこの組にもあるのかも…でも私は月組のあの並びが好き。 これが全うな宝塚の見方だと思う。 ではその他の組は… 私は只今、全組大劇場コンプリートを目指して頑張ってる。 東京で観れる公演はどんなんでも1回は観ようと思ってる。 それどころかバウホールとか行っちゃうかもと思っている作品もある。 それは何がおこるか分からないから。 役者は生きてるから。 特に若い役者は。 気になる子がいたら1公演でも成長する姿を生で目に焼き付けたい。 その子の演技を歌をダンスを。 それぐらい生の劇場という空間は魔物だ。 生の舞台は本当にセンターを見つめる事が少ない。 花組なんて特にそうだ。 春野様は偉大だ。知ってる。 真飛氏のビジュアルも好き。特に傷ついた顔とか感情移入できて気が狂うかと思った。 壮君も人の良さが溢れていて愉快。 愛音君も「華やかでいいよね」と思ってる。 そして、『まっつ』だ。 でも、『まっつ』なのね… 私のただでさえ薄い財布を更に薄くさせた張本人(笑) そして荻田先生マジック。 でもそれとは別の所で私は映像や音声など残る物が好き。 最初に宝塚に触れたのがビデオだった事もあるのかもしれないし単純に私は映像や音声マニアだとも思ってます。自覚症状有りです。 きりやんにハマった『Practical Joke?』は本当に無駄なセットがない。 潔いまでにない。 だから逆に余計な物が見えないから役者の魅力だけを素で感じられた。 ある意味、中央の芝居をオペラでロックオンしている状態と一緒。 花組「明智小五郎の事件簿/TUXEDO JAZZ」はDVDを買ってもいい作品だと思えた。 「明智〜」は宝塚で初めて私が感情移入できた愉快な男がいる。 そして、まっつの学ランは一瞬でも映っていればそれで10回はリピートして見れる。 黒トカゲの手下のあのいたたまれない本舞台センターより上手のセリフも収められている。 ある意味まっつの為に買ってもいいと思った。 「TUXEDO JAZZ」は十分映像に絶えうる舞台セットだったこと。 舞台セットは立体感が大切。 私はDVDを買う時の基準に舞台セットを真っ先に思い出す。 その後スポットが当たっているだろう人物を思い出す。 あとカメラの位置と使われているだろう台数。 少なくても5台、多くても8台ぐらいかな? 「全体像でどう観えていたか」ではなく「DVDにどう収まるか」です。 人間の視覚なんて限られている。 どんなに生で全体を観たときは布1枚の背景でもその布のシワだけで立派な背景になりうる。 実際、TUXEDO JAZZはもっと高度に作り込んである。 私は生で観ていたときも思ったが宝塚の劇場ってこんなに照明あったんだって…。 何て無駄な設備…いや、TUXEDO JAZZは稼働率でいったら十分使い切っていたと思う。 私があんまり1階席に行かないのは(お財布が薄いのもあるが)照明効果が見えなくなるから。アップで見たけりゃオペラグラスでいいと思うし、でも目線とか飛んで来たら楽しいだろうなとは思うけど)、自由自在な視覚が欲しいから。 で…花組「明智小五郎の事件簿/TUXEDO JAZZ」のDVDは買ったかって? もちろん… 相棒のよしのさんに借りて見てたりする(笑) でももう少し私が裕福になれば自分でも買いたいと思ってます。 実際にDVDを見て嘆いた部分もあったけど私的には見て損した感はなし。 まぁ、まっつの学ランだけで軽く10回以上リピートして見られるのだ。 元はとれるよね。 あ…結局は役者じゃん(苦笑) 私は本当に宝塚に出会えて幸せだと思っています。
10年でも20年(ある意味、体が五体満足であるうちは永遠に)でも楽しむ事が出来そうな趣味に出会えて純粋に嬉しい。 私は宝塚の商業意識のレベルは疑問を持ちつつ理解もしているつもりです。 でも、家に帰るとふと思う事があります。 これは私の個人的な価値観や商業意識なので興味がない方がスルーして下さい。 私が初めて宝塚というものに触れたのは劇場ではない。 ビデオからです。 ヅカ好きというか真琴つばさLOVEの只今の私の観劇仲間のよしのさんから真琴つばさ主演のビデオを山のように見せられた。 そして真琴つばさの格好よさを永遠と語られた。 最初に見たときは結構、無関心でした。 「こんな世界もあるんですね」ぐらいの感覚。 しかし、何本か見せてもらっている内に1人の役者に出会った。 それが霧矢大夢...そしてマウロ。 とにかく『Practical Joke?』のマウロに出会ったときの衝撃は忘れられない。 舞台なんかまともに観た事がない私が...舞台なんて映画やTVに比べたらクオリティの限界は低いと思っていた私が...その1本のビデオを見てびっくりした。 TV画面にかじりつき思わず「この子好き」と口走っていた。 その出会いがあって私は今、週に1回は何かしらヅカ公演を観てこんなところでヅカ日記なんか書いているわけです。 最初は単純に役者や役に「萌え」だの「好き」だの「愛でたい」だの暢気に書く予定でした。もちろん、これからも書く予定です(笑)現代の大人にありがちな大人になりきれない子供としてゲームやアニメの世界のキャラクターに勝手に愛を叫ぶような感覚でヅカの役者や役に愛を叫ぶ場所が欲しかっただけ。 たまには役者に厳しい意見も書いてるという自覚もあるし、それは単純に私が一消費者である事と出来るかぎり役者には心がある人間であることも考慮して役者自身に本当に拒絶反応があればスルーして書かないでいる。「ちょっと辛口かな?」と思っても「宝塚」というソフトの中の1キャラクターとして愛がどこかしらあるから書いています。 しかし、役者を差し引いた部分には点数が厳しくなる。 「脚本」「演出」「音楽」「照明」「舞台セット」等... 宝塚の『懐』事情は分からないし、365日ほぼ何かしらの公演を行っていて大変だろうな...とは思うけど...たまにはポロっと本音がこぼれるときがある。 私の前職は一応クリエイティブ...というかコンサートや音楽に関わる仕事でした。 それでご飯を食べていました。うっかり5000人キャパのコンサートとかの仕切りとかやっちゃってました。動くお金の金額に目眩がしそうな日々でした。 (でも今はただの接客業です(笑)) だからなのか宝塚の商業意識に疑問を持つ事がある。 でもそこは宝塚クオリティだし...一般的なクオリティと比べるべきではないと自分なりに納得もしてるし逆に楽しむ方法を模索したりしている。 それを真っ先に見極めたのは出版物。 宝塚の出版物は...同○誌感覚、でも同○誌なりの楽しみ方があると思っている。 それ「を」いかに楽しむか… ではなく それ「で」いかに楽しむか… だと今は思っている。 出版物はあくまで私にとってはゲームの攻略本。 もちろんその攻略本だってクオリティが高い方がいいに決まってはいるけどね。 しかし、生の舞台や舞台が記録で残るもの(ビデオ・DVD)には求めるクオリティが厳しくなる。 役者にとって舞台は本業であり末端の発信者である。 劇場に足を運んだ消費者(客)の目線を受け止めるのは見る人の個人差はあるけど80%は役者であり、宝塚においては90%以上は役者ではないだろうかと思う。 だからたまに「大変だろうな」と素で思ってる私がいる。 検索サイトで「宝塚」と検索して「宝塚が好き」と声高らかに訴えている人はほとんどない。 ここで私がのべている「宝塚が好き」というのは「宝塚のこの役者が好き」とは違う。 「宝塚」全体を意味する。 短いファン歴の私でも理解はしている。 「役者を愛する場所が宝塚」であり「それが宝塚の醍醐味」だって。 でも、ふと我にかえった時、 宝塚の舞台裏(役者以外)でクリエイターと呼べる人っているのかな?って思う... そして私は宝塚で1人のクリエイターと出会った。 荻田浩一 荻田先生の作品を生で観たのは花組「TUXEDO JAZZ」が初めてでした。 荻田先生の作品は賛否両論あるようだが私は通常のエンタメとして楽しめました。 宝塚的にしては地味なのかもしれないけど。 ある意味、私にとっては宝塚を逆行する光のようでした。 だから楽しめたのかもしれない。 荻田先生の作品の凄さはDVDを見たら分かる。 「名前」のテロップの出る子の最低学年。 たぶん私が覚えている限りでは街角の場面で歌っている3人のうち研3の2人が最低学年。 イケイケGOGOな別格路線というわけでもなさそうな2人。 成績は確かに学年の中ではいい方だけどよっぽど花組が好きな人じゃないとパッと見では分からない。実際、私も舞台を生で観ていたときはあの子達が誰なのか分からなかった。 ここは2000人キャパの大劇場だよ。 そして新人公演じゃないんだぞ! 何で研3の子の名前がテロップで出る。 そしてソロパートがあるの.... そして作品自体の世界観を壊していない。 舞台やステージに立つ人にとって大切な事を考えさせてくれる。 確かに宝塚においてトップを中心に下級生は群衆で踊り歌い盛り上げる存在です。 でも、研3で本公演で10秒でも5秒でもいい自分の歌声だけが響く瞬間、歌だけだってその場の中心に立つのは凄い可能性を持っている。 これは先に繋がる可能性です。 何回舞台に立ったかではない何回スポットを浴びたか場面を持ったかだと思う。 今回は分かりやすく研3の2人を例にだしたけれど花組の役者の誰かが好きで本公演を観た人なら誰もが驚いたと思う。 「私の好きなあの子があんなところでもこんなところでも踊ってる。歌ってるわ」ってね。 下級生に極端にスポットが当たっていればどこかで摩擦がおこる。 しかし、それも感じられない。そっか舞台に立つ全員が新たな挑戦をしていて全員が必死でその挑戦に取り組んでいる。だから作品のレベル自体が上がっている。 もちろんその事が失敗に繋がる事もあるかもしれない。 演出家として役者を使う人として無駄にしていい役者なんて1人もいない。 宝塚における1組の人数は約80人ぐらい? 80人を無駄なく使い切るなんて無謀? そんなことないと思う。 現に荻田先生やってるじゃん。 そして毎日劇場の客席埋めてたじゃん。 1日の集客数なんてトップクラスの生徒の人気が大きく影響したりもするのかもしれない。 でもそれだけじゃないと思うよ。 現に私は今回偶然ですが花組を初観劇して初見で「まっつ」に落ちていた。 そして「マメ」の底知れぬ凄さにビビっていたよ。 だからリピートして通った。当日立ち見でもB席でも何でもいい。 二日酔いで死にそうでもあの空間に1秒でも永くいたいって思って。 それが作品の持つ大きさだと思う。 私がこんなにグダグダ書くのはまだ宝塚の組織に慣れていないからでしょうか? 自分のお気に入りの人を下級生の頃から見つめて10年とか,,, その子が宝塚のピラミットを登っていく姿を眺めていないせいでしょうか? その子が登りきった時の快感とかしらないからそう思うの? でも、私は基本的に脇役キャラ好きなのね...。 前に日記でも書いたけど基本的に特撮物だったらレットでもブルーでもなくグリーンかイエローキャラに萌えることが多い。 その子達をいかに上手く使ってくれるかが結構大きなポイントだったりする。 演出についてだけでながくなったので、舞台セット、あとDVDのクオリティについては別にまた書きます。 |
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